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「学び」をもっと知ろう

Let's learn real learning.

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勉強する、学習するという言葉には、どうしても無理をする、がまんしておこなうといったイメージがつきまといがちです。はたして勉強とは本来そんなものでしょうか。



ファーブルという人を知っていますか。虫に興味をもち、いつまでもあきずに虫などの生きものを観察した人ですね。「これって、趣味じゃん。」そうですね。


一面では趣味ともとれるでしょう。でもそれがほかの人が思いもよらない、とてもたどり着けないレベルまでたっしていたらどうでしょう。


彼は伝記に書かれているように、それまでだれも見向きもしなかったか、みすごしてきたさまざまな生きものたちの生きざまを記録していました。そのようすを昆虫記などの書物を通じて私たちは知ることができます。


彼だけに限りません。新たなものの見方、発見、気づきの積みかさねが数多くの人々によって築かれて学問の基礎になり、現在の学問と密接につながり、ささえるものになっています。


最初はほんのちょっとした気づきにすぎないことが多いです。でもそれをそのまま見過ごさないで、観察したり、実験したり、手を動かして発明品をつくったりしてきた長い歴史です。


ここまで読んできたみなさん、その人たちの多くはかならずしも「勉強するぞ」とやってきたわけではなさそうではないでしょうか。


もちろんそれまでの人たちが積み重ねてきたものを知り、自分のものにする作業が必要でしょう。でもその苦労は興味の大きさとくらべるとふっとんでしまうものといえるかもしれません。


自分の興味の延長線上にある行動ですし、もはやその人の生活の一部にさえなっていたことでしょう。つまりそれをしていることが楽しい、あらたな発見にわくわくするという連続だったのでしょう。


じつは「学ぶ」ということは自分にそれまでないものを身につけられるチャンスといえます。こうした気づいていないことに気づける楽しみは学ぶことの本質であり、それこそ人間のだいじな営みのひとつといえるでしょう。


勉強というものをそうした「学び」の視点からとらえてみませんか。